森岡 毅:刀代表取締役CEO
革新的なアイデアを次々に投入し、瀕死のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)をV字回復させたことで知られる稀代のマーケター・森岡毅氏。2017年に独立しマーケティング精鋭集団「株式会社刀」を設立した森岡氏が、多くの日本企業でマーケティングがうまく機能しない理由について「森岡流マーケティング発想」を元に解説する連載。第1回は「そもそもマーケティングとは何なのか?」について語る。
多くの人がマーケティングを誤解している
マーケティングという言葉は知っていても、本当の意味やその幅を正しく理解している人は、まだ少ないと感じます。
マーケティングへの誤解の特徴は、マーケティングを狭い意味で捉えている人が多いという点。「広告宣伝部のようなもの」くらいに捉えている人がとても多く、「企業から発信されるメッセージを伝える役割=マーケティング」だと誤解されているのです。
でも、それはマーケティングのごく限られた一部でしかありません。
私はよく、マーケティングとは「価値を創造する仕事」と説明しています。市場における価値を創造すること「全般」がマーケティングの役割なのです。
我々マーケターは、価値を「ブランド」とも定義しますが、要するに、消費者の頭の中で知覚される「価値」、つまり「ブランド」を作る仕事はすべてマーケティングの領域です。
たとえば、目の前にペットボトルのお茶がある場合、狭義のマーケティングでは、「この商品をどう売ろうか?」というところだけを考えます。「テレビコマーシャルはどうするか?」「キャッチコピーはどうしようか?」「店頭の販売価格を操作しようか?」「どんなセールスプランで動いていこうか?」などです。
でも、これら「作ったものをどう売ろうか」という仕事は、マーケティングの戦術段階でのほんの一部の仕事にすぎません。しかし、これらがマーケティングだと誤解している人が多いので、広告代理店の仕事とマーケティングの区別がつかず、混同されてしまうのです。
私もこれまで多くの会社を見てきましたが、マーケティングが機能しない会社、マーケティングに問題のある会社のほとんどは、まずこの誤解をしています。マーケティングの仕事はもっと広範囲、もっと上流から始まります。プロダクトが生まれるずっと前から始まっていなければならない。
企業としてマーケティングを機能させ、きっちり業績に反映させたいならば、その第一歩として「マーケティングが持っている本物の使命」を理解してもらわなければなりません。
企業の価値を創造するための「3つの視点」
マーケティングが「価値を創造する仕事」とすると、「どうやって価値を創造していくのか」という疑問が当然生まれるでしょう。マーケターが「何を考え、どこを見ているのか」という部分です。
ここで重要になってくるのが次の3つの視点です。
(1) 市場構造を解き明かす
(2) 消費者が自社ブランドを選択する理由をつくる
(3)(1)と(2)を実行できる組織をつくる
(1)の「市場構造を解き明かす」とは、簡単に言えば、移ろいやすい消費者のニーズがどのような状況、構造になっているのかを把握することです。一般に「消費者のニーズは変わりやすい」と言われますが、本質的な「人間の欲」はそれほど変わらないと私は思っています。
ただ、それを「満たす方法」が変わるのです。
たとえば、お腹が空いたとき、太古の昔であれば、川で魚を捕ったり、木の実を拾ったりしたでしょう。
こうした時代に(消費者に)求められるのは、魚を捕る銛であったり、動物を捕まえる鑓であったりするわけです。しかし、現代社会で鑓や銛を求める人はまずいません。「食べ物を手に入れたい」という根源的な欲求は変わりませんが、科学の発達とともに「要求の満たし方」が変わっているからです。現代社会においては、自分で猟をする人はごくわずかで、たいていは誰かが取ってきた食材を買ったり、料理自体を自分でせずに、豪華なレストランで食事をしたりする人もいます。
人間の根源的欲求があまり変わらなくても、それを満たす手段が変わるとき、消費者の欲しいものは変化します。その変化のスパンは商品カテゴリーによって大きくバラつきますが、どの商品カテゴリーの市場も全く変化しないということはありません。
変化の積み重ねの先端である市場の現在を常に把握して解き明かす、これはマーケターが最初にやるべき仕事です。 また「市場構造の変化」を現在だけでなく、近未来に向けて予測し解き明かすこと。高い技量が必要ですが、これも紛れもなくマーケターの仕事の一つです。
もちろんマーケターのみならず、経営者も10年後、20年後の未来を見据え、「市場構造がどうなっていくのか」を予測しなければなりません。そのシナリオに準じて長期的な戦略を練り、実行するのは経営者の仕事です。
しかし残念ながら、それだけのシナリオをきちんと持っている経営者はあまり多くはないようです。こうしたマーケティングをきちんとやっているかどうかで、企業の未来が変わってくるのは明白なのですが、そもそもマーケティングの意義をよく理解できていないので、自らの企業で機能させることができないのです。非常に残念で、もったいない話です。
「10年後、20年後の未来を見据える」などという話をすると、「未来を予測することなどできない!」と反論する人が必ず出てきますが、それは正確ではありません。厳密に言うなら、未来において「予測できること」と「できないこと」があるのです。
たとえば、人口動態がこの先どう変わっていくかは、かなり正確に予測できますから、10年後「29歳の人が日本国に何人いるのか」はほぼ正確に予測できます。また、先述したように人間の根源的欲求はあまり変わりません。それを満たす全く新しいブレイクスルーな技術をビンゴで予測することは非常に難しいですが、今満たされている欲求が次はどの方向性で満たされることを消費者が求めるかというベクトルは、いくつかのシナリオとして予測することはできます。
現在の市場がどのような構造になっているかだけでなく、こうした「予測できること」もきちんとキャッチし、分析して、未来の市場構造をもシナリオとして解き明かしていく。これが、価値を創造していくために必要な一つ目の視点です。
「組織改革」なくしてマーケティングは機能しない
(2)の「消費者が自社ブランドを選択する理由をつくる」というのは、市場構造を支配する核心、私が消費者の「プレファレンス」と呼んでいるものを強化することです。「プレファレンス(Preference)」とは「好み」の意味ですが、これは消費者が商品やサービスを選別する際の理由となる「相対的なブランド好意度」のことです。
プレファレンスが「今、どのような状態になっているのか」を捉えることは非常に重要です。仮に、市場構造を正しく解き明かし、それに即した商品やサービスをマーケットに投下しても、消費者の頭の中でのプレファレンス(ブランドの好意度)が著しく低ければ、消費者に選ばれることはありません。つまり、企業としての価値を創造できたことにはならないのです。
だからこそ、マーケターは市場構造に合わせて「プレファレンスをどう伸ばしていくか」という戦略を常に考え、実施していくべきです。これが視点の二つ目です。
そして、ここからがさらに大事な話ですが、「(1)と(2)の戦略を正しく実行できる組織」を作っていかなければなりません。
どんなに精緻に市場構造を解き明かし、プレファレンスを高める戦略を構築しても、それを実行できなければ何の意味もありません。私はよく「戦略人事」という表現を使いますが、目的を達成するための人事改革、組織改革を成し得なければ、本当の価値は生まれません。
マーケティングを「価値を創造する仕事」と定義するからには、適切な戦略を立てることはもちろん、その戦略を実行できる組織づくり、組織変革までやらなければならないのです。
正直、この部分までを「マーケティングの役割」と捉えている人は非常に少ないと思います。しかし、この三つ目の視点なくして、広告のような仕事はできても、もっと本質的な意味でのマーケティング、つまり「市場価値を創造する仕事」などはできないのです。
優れた経営者が「共通して持っている能力」とは?
こうやってマーケティングの使命・役割を挙げてみると、「もはや経営そのものだ」と感じた人も多いのではないでしょうか。まさにその通りです。変わりゆく市場構造に対して、事業の方針はもちろん、組織構造まで変えていくのですから、これはもう、ほとんど社長の仕事です。
ただし、社長一人でこの仕事のすべてをこなすことは到底できません。社長というのは、会社の顔であり、株主や外部との期待値のすり合わせなど、企業を取り巻くさまざまな仕事をしなければなりません。
そこで重要となってくるのが、CMO(最高マーケティング責任者)の役割です。CMO(あるいは、それに準ずる役割の人)が、マーケティングの意味や幅をきちんと理解し、その責務をきっちりと果たす。その一方で、経営者も同様の認識を持ち、CMOに相応の権限を与える。
ここが大事なポイントです。
私がUSJで働いている際、非常に幸運だったのは、社長であったグレン・ガンペルが、これまで述べた三つの領域において「私がリードできる十分なスペース」を与えてくれたことです。それだけの権限と自由を与えてくれたからこそ、私は自分の責務を果たし、結果を出すことができたのです。
もちろんグレンとは、激しい議論を何度もしましたし、ここでは紹介できないような激しい表現での言い合いもしょっちゅうしました。また、彼がマーケティングを深く理解していたかと言えば、決してそんなことはありません。
彼は強烈な存在ではありましたが、一方で、優秀な多くの人間がそうであるように「自分が足りていないもの」をきちんと理解し、必要な人材を登用し、権限と自由を与えるだけの極めて高い知性を持ち合わせていました。だから、彼はいくら激しい議論をしても、最終的に「私がこうしたい」ということについては、さんざん激しい議論の末に、私の自由にやらせてくれました。
その結果として、USJは再生し、「価値を創造する」というマーケティング本来の使命を果たすことができたのです。
USJを辞めてからも、私は多くの優れた経営者と交流していますが、立派な経営者というのは「次の三つの能力を持っている」という意味で共通していると思います。
(1) ビジョンを描く力
(2) 人の力を引き出す力
(3) 決断する力
(1)と(3)は「言うに及ばず」という要素ですが、企業の中でマーケティングを効果的に機能させるには、(2)の要素が非常に重要になってきます。
もちろん、経営者の中にもマーケティングに詳しい人はいるでしょう。しかし、経営者自身が優れたマーケターであることは、必須条件ではありません。むしろ、優れたマーケターの存在をいかに認め、その人が十分に活躍できるスペースを与えることができるのか。こちらの方が大事です。
三国志では、曹操と劉備のリーダーシップが度々比較されますが、「自分より圧倒的に優れた能力を持つ者たちに囲まれていた」という意味では、間違いなく劉備の方が優れていました。曹操の下には、諸葛孔明はもとより、関羽も張飛も来ないからです。
経営者とCMOの関係には、ちょっとこれに似たところがあって、経営者自身がマーケティングの専門家になる必要はありませんが、マーケティングが持つ役割や使命を正しく理解し、適切な人材に、適切な権限や自由度を与えることは必要です。
それが「できるか」「できないか」。この差によって、マーケティングの効果は決定的に違ってくるのです。
(刀 代表取締役CEO 森岡毅)
引用元:http://diamond.jp/articles/-/156025
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